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岡山地方裁判所 昭和44年(ワ)758号 判決

原告

瀬尾イセノ

被告

有限会社中央ドライブ

ほか一名

主文

一、被告らは連帯して原告に対し二一万四、五六〇円およびこれに対する昭和四一年一一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

(一)  請求の趣旨

被告らは原告に対し、各自一三四万七、〇八〇円およびこれに対する昭和四一年一一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

(二)  仮執行の宣言。

二、被告ら

(一)  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

被告石井は、予備的に担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  本件交通事故

(1) 日時 昭和四一年一〇月三一日

(2) 場所 総社市見延地内県道

(3) 事故車 普通乗用自動車(岡わ〇三〇三)

(4) 運転者 被告 石井隆

(5) 事故態様 事故車が進路右側の槇谷川に転落し、事故車に同乗していた訴外難波真弓(以下単に真弓という)が死亡した。

(二)  責任原因

(1) 被告会社は、本件事故車を所有し、その経営するドライブクラブの営業用車として自己のため運行の用に供していたものである。

よつて自賠法三条により運行供用者として原告の蒙つた次項の損害を賠償すべき責任がある。

(2) 被告石井は、当時事故車を運転していた者であるがスピード超過、前方不注視、ハンドルブレーキ操作不適当、未熟運転の過失により本件事故を惹起したので、民法七〇九条により不法行為者として原告の蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

(三)  損害

(1) 逸失利益

亡真弓は、事故当時満一七才の女性で、訴外カメヤ食品株式会社に勤務し月額一万二、〇〇〇円の賃金を得ていた。本件事故にあわなければ以後も同額の賃金収入が得られたはずであり結婚後もその労働力は右賃金に相当する収益を得べき見込あるものと評価すべきである。これより右収入をあげるに必要な生活費として五〇パーセントを控除して得た年間純収入に就労可能年数四六年を乗じ更にホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除すると約一六九万四、一六〇円が得べかりし利益の損害の現価である。

12,000×1/2×12×23.53(46年間の勤労年数の係数)=1,694,160

(2) 原告は、亡真弓の実母で、亡真弓の実父難波登と共に同人の相続人であるので真弓の死亡により右損害額のうち法定相続分二分の一である八四万七、〇八〇円の損害賠償請求権を相続した。

(3) 原告は、昭和二八年八月二六日、訴外難波登と離婚したが、真弓の死亡に至るまで、同人の親権者としてこれを養育しており、その精神的苦痛を考えれば慰藉料として一五〇万円が相当である。

(四)  前項(2)、(3)を合計すると二三四万七、〇八〇円となるが原告は、強制保険より一〇〇万円を受領したのでこれを控除すると残額は一三四万七、〇八〇円となる。

(五)  よつて原告は、被告らに対し、各自一三四万七、〇八〇円およびこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和四一年一一月一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

(一)  被告会社

(1) 請求原因(一)、(四)の事実は認める。

(2) 同(二)(1)の事実中、被告会社が本件事故車を所有し、その経営するドライブクラブの営業用車として使用していたことは認めるがその余の点は否認する。

亡真弓は他の同乗者と共同して行先を設定し運行していたものであるから、自賠法三条にいう「他人」ではない。

(3) 同(三)(1)、(2)の事実はすべて知らない。同(3)については右真弓は被告石井との間では所謂好意同乗者であり、少くとも我国の社会常識および法感情からみて慰藉料請求権を認めるべきではない。

(二)  被告石井

請求原因(一)、(二)(2)、(四)の各事実は認める。同(三)(1)、(2)の事実は不知、同(3)の事実は否認する。仮に原告の慰藉料請求が認められるとした場合、

(1) 被告石井は昭和四一年一一月一一日亡難波の実父である難波登との間に難波真弓の死亡による損害賠償金として二七五万円(内自賠責保険金一五〇万円)支払うことで示談成立し、同年一二月一〇日右金員を支払つたこと、

(2) 原告は形式的には親権者であるが、主として父難波登が養育し、原告との共同生活は昭和四一年三月以降の八カ月に過ぎない。

(3) 葬儀も右難波登のもとで行い、同人所有の墓地に埋葬されたこと、

(4) 原告は難波登と離婚後瀬尾武男と再婚し、現在同人と同居していること等の事情を十分斟酌されたい。

三、抗弁

(一)  被告会社

被告会社は本件事故車の運行に関し支配権を有していなかつたものである。本件事故車の使用態様は通常の所謂レンタカー会社の責任態様とは次の点で異つている。

〈A〉 被告会社は本件自動車を昭和四一年一〇月三一日午後零時三五分訴外大隅一男に対し、本人であることを確認して貸出している。この時の条件としては使用時間も三ないし四時間と告げられたのみで、その行先、行程も調査していない。被告会社の貸出条件が右のように包括的であるのは通常のドライブクラブと異り保証人を求める方法を採つており、右大隅に関しても昭和四一年七月一九日の第一回契約時に資産、信用の十分ある訴外福助堂製菓の鈴木啓治を保証人としていた。このように頭初の契約時に十分な保証態様を採つているため、個々の貸出に関しては前金も求めず従つて時間、使用目的も特に調査、限定する必要がなかつたのである。従つて通常のレンタカー会社の支配態様とは異つているのである。

〈B〉 真弓は本件自動車がレンタカーであつて借主以外の者の運転が禁じられていること、本件ではその借主は訴外大隅であつて被告石井ではなく、これは被告会社に対しては許容されないものであることを十分知悉していたのであり、しかして本件事故は被告石井の運転未熟に起因するものである。従つて被告会社は第三者たる車外の歩行者に対しては運行供用者としての責任を負担することがあるとしても、右真弓の如く内部の事情を知悉していた者に対しては相対的に判断すべきであつて、真弓に対する関係では被告会社は運行供用者ではない。

(二)  被告ら

被告石井は訴外亡大隅から、運転を交替するよう依頼された際、運転経験が乏しいこと、はじめての道であることを理由に、一旦その申出を断つたが、右大隅の強い希望により、やむなく事故車を運転した。亡真弓は、後部座席の大隅の隣りに居たところから、その事情を十分知悉していた。しかも右石井は運転未熟にもかかわらずスピード超過等の無謀運転をなしたのに右難波はこれを制止せず漫然同乗し、被告石井の運転するにまかせた過失があるので相応の過失相殺を求める。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実中、被告が本件自動車を訴外大隅一男に貸付けたことおよび事故発生当時の運転者が被告石井であつたことは認めるがその余の事実はいずれも否認する。

第三、証拠〔略〕

理由

一、請求原因第一項、第二項の(2)の事実は当事者間に争いがない。

二、そうすると被告石井が民法七〇九条により本件事故によつて原告に生じた損害を賠償すべき責任があることは明らかである。

三、よつて次に被告会社が、本件事故について自賠法三条所定の運行供用者としての責任を負うか否かについて判断する。

(一)  被告会社が事故車を所有し、その経営するドライブクラブの営業用車として使つていたこと、昭和四一年一〇月三一日にこれを訴外亡大隅一男に賃貸中に本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

そうすれば被告会社において事故車の支配を失つた事情を主張立証しないかぎり運行供用者と認めるのが相当である。

(二)  ところで一般にレンタカーにあつては、賃貸の際、使用時間行先、行程について特に限定していなかつたにせよ、短期の賃貸借であり、本件の場合にあつても容易に貸していることからして長期の賃借とは認められないのであつて、(なお被告会社自身、本件賃借の際訴外大隅より三―四時間貸してくれと告げられたと主張している)そうすると賃貸中であるからとの理由で被告会社が事故車に対する支配を失うとは認め得ない。被告会社は、賃借人には保証人を入れさせていたから、行先、行程、時間等を聞いていないので、事故車に対する支配権を有していなかつたと主張するが、この点は何ら右判断を左右しない。

(三)  次に真弓は本件自動車がレンタカーであることを知つていたことは明らかであり、〔証拠略〕によれば他に転貸することを禁じているが、同号証のみでは借主が同乗している場合についてもその運転を禁ずるものかどうか明白ではなく、しかも真弓自身、被告石井の運転が禁じられていたことを知つていたと認めるべき証拠はない。従つて被告石井の運転が禁じられている規約があり、これを真弓が知つていたことを前提とする主張は理由がない。

(四)  次に被告石井の運転が被告会社の支配を離れているかどうかにつき判断するに、借主である大隅も同乗しているのであつて、運転を交代することによつて支配が失われるとは考えられない。

そうすると被告会社主張の事実は、いまだ被告会社が事故車の支配を失うに至る事由とは認められず、被告会社は運行供用者とみるのが相当である。

なお運行供用者の相対性については一般の無断運転における好意同乗者については、無断運転なることを知つていながら、同乗したという点でその損害賠償請求を否定ないしは制限する理論として考慮に値するものであるが、本件にあつては他人をして借主の支配下で運転させることが必ずしも禁じられているとはいい難く、仮に禁じられていたとしても前述のように真弓がこれを承知していたとは認められないのであるから考えるべき必要はない。

(五)  次に「他人」にあたらないとの主張について

被告は真弓が他の同乗者と共同して行先を設定したと主張するのであるが〔証拠略〕によれば真弓自身が石井或いは大隅に対して支配するという関係を認めるべき証拠はなく、むしろ大隅にすすめられるがままに同乗していたにすぎないと認められるのであつて、これはやはり自賠法三条に謂う「他人」とみるべきである。

そうすると結局被告会社は運行供用者として原告に生じた損害を賠償しなければならない。

〔証拠略〕、によれば、亡真弓は、本件事故当時一七才の健康な女性でカメヤ食品株式会社に勤務して月額約一万二、〇〇〇円の賃金を得ていたことが認められ、同人は本件事故にあわなければ事故後も六三才に至るまで四六年間稼働し、毎月右一万二、〇〇〇円相当の収入をあげえたものと推認される。

ところで右収入をあげるについては、生活費が必要でありこれは一万円とみるのが相当であるからこれを控除すると年間の純利益は二万四、〇〇〇円となる。これから年毎に民事法定利率の年五分の割合による中間利息を控除し(なお、本件のように二〇年を超える場合にはホフマン式計算法は不合理であるからライプニツツ式計算方法による)計算すると四二万九、一二〇円となる。

2,000×12×17.88(係数)=429,120

四、〔証拠略〕によれば亡真弓の相続人は両親である原告と訴外難波登であり、原告は右額の二分の一である二一万四、五六〇円を相続したこととなる。

五、過失相殺の主張について

〔証拠略〕によるも亡真弓は、単に事故車に同乗していたにとどまり、被告石井の運転操作上の過失に原因を与え、若しくは過失の程度に如何なる関与をした事実も認められないから、亡真弓には、本件損害賠償の額を定めるにつき斟酌すべき過失はない。

六、〔証拠略〕によれば原告は病身であり、亡真弓の親権者として真弓の将来を期待して、同人の死亡時は親娘二人きりで生活していたこと、他方、原告は真弓が四才の頃難波登と離婚し、原告が真弓の親権者となつたものの実際の養育にあたつたのは大半難波登であつて右同居期間は八カ月位にすぎないこと、父親である難波登と被告石井の父との間では昭和四一年一一月一一日に保険金の他に一二五万円を支払う旨の示談が成立し既に支払ずみで解決されていること、葬式も難波登が行ない、同人の墓地に埋葬されたこと、本件事故は真弓が友人と一緒にドライブに出掛けた際に発生したものであること、その他一切の事情を勘案すれば、慰藉料としては一〇〇万円をもつて相当とする。

七、以上損害を合計すると金一二一万四、五六〇円となるが原告が強制保険金一〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないから、これを控除すると残額は二一万四、五六〇円となる。

八、そうすると原告の請求は被告らに対して二一万四、五六〇円およびこれに対する事故発生の日の翌日である昭和四一年一一月一日から完済に至るまで民事法定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条を適用し、なお仮執行免脱の宣言は相当でないから付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 浅田登美子)

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